バレンティーノ・ロッシとYAMAHA YZR-M1 その16

2019年も現役の世界最高峰クラスのロードレースのレーサーである本物のバイク好きレース好きのバレンティーノ・ロッシが2004年から乗っているYZR-M1(2016年モデル)をバレンティーノ・ロッシのレースとバイクへの情熱とともに深く知ることができます。

デアゴスティーニ
週刊 YAMAHA YZR-M1 バレンティーノ・ロッシ モデル

MotoGP2005でチャンピオンとなったバレンティーノ・ロッシ(以下、バレンティーノ)は、最高峰クラスで5年連続チャンピオンになったわけです。ヤマハとしては、これで1973年から2005年まで142勝を果たしました。

2005年のMotoGP第8ラウンド「アメリカグランプリ」では、ヤマハチームは、USヤマハのインターカラーでのぞみました。ピットの壁まで真っ黄色のイエローでした。第17ラウンド「バレンシアグランプリ」では、ホワイトが鮮やかなアゴスティーニのカラーリングで参戦しました。

実寸大ポスターを箱から取り出した

実寸大ポスターを取り出せた。

尊敬する精神性とライディングに、バレンティーノが唯一自分からサインを求めた阿部典史さん(バレンティーノがM1に貼っていた「ろっしふみ、がんばって」のステッカー)の話によれば、MotoGPのレーシングマシンは、見た目は似ていても各メーカーで方向性が違うので、乗り味がガラッと変わっているとのことです。

2005年のMotoGP。チャンピオンに王手がかかっていた日本グランプリでは、バレンティーノとヤマハチームは、YZR-M1(以下、M1)のセッティングにとても手こずっていました。
90度コーナーでバレンティーノがインに入った際に、相手のライダーとラインが交差してクラッシュしてしまいました。

次のマレーシアグランプリでは、バレンティーノは2着でゴール。ポイントで2005年シーズンのチャンピオンを決めました。この時バレンティーノが着ることになったファンクラブが用意した Tシャツ「7」 は、バレンティーノがGP(世界選手権)でチャンピオンになった数であり、バレンティーノが尊敬する選手のゼッケンナンバーでもありました。「46」も日本ゆかりのナンバーです。

M1は、2004モデルから2005年モデルへ

M1は、2004年から2005年の間にも目に見えて進化しました。
乗り味が良くなって、メンテナンスが楽になりました。わかりやすいところでは、カウルの下部にある正面のエアインダクトがまっすぐになりました。内部では、クラッチ軸が上にきています。

デアゴスティーニ
2004年から2016年までのM1の進化がわかる。週刊 YAMAHA YZR-M1 バレンティーノ・ロッシ モデル

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大切な人との関わりについて、バレンティーノはこう言っていました。
ヤマハチームの家族のような温かい雰囲気が良かった。ヤマハには、日本人らしさにヨーロピアンテイストがある。とても馴染みやすいと話していました。

次回「バレンティーノ・ロッシとYAMAHA YZR-M1 その17」に続く

参考資料
「バレンティーノ・ロッシ自叙伝」「バレンティーノ・ロッシ&ヤマハ 最高峰への挑戦と栄光」

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